「接客販売職の皆さん、クレームはお好きですか?」
このタイトルを見て「え~っ、クレームなんて大嫌い!」と思われる方が多いと思いますが、少し視点を変えてみれば、また、少しだけクレーム嫌いを克服できるヒントをさしあげられれば、「クレーム好き」とまではいかないまでも、「大嫌い」ではなくなると思います。今回はクレーム(の対応)にフォーカスを当ててお届けいたします。
今回のコラム執筆者
合同会社NOBuコンサルティング|青栁 伸子さん
東京都生まれ。人事・総務・ITを専門分野とするコンサルタント。日系企業、日系ベンチャー企業での人事経験を経て、1999年にラグジュアリー・リテール業界へ転身。エルメスジャポン、ボッテガ・ヴェネタジャパン、フォリフォリジャパンの各社で人事・総務部門の責任者として、人材育成・組織開発・制度設計などにあたる。同時にビジネスパートナーとして、経営陣に対して人事的な側面からのサポートを行い、会社の業績向上にも寄与。特に接客販売職の「専門職」としての地位確立、処遇の改善、女性が無理なく永く働ける環境づくりなどに注力。2015年にコンサルタントとして独立。
「クレーム客はロイヤルカスタマーの第一候補である」
このタイトルでまた「え~!ウソだぁ」と思われる方は、過去に難しいクレーム対応に苦労された経験をお持ちなのでしょうね。ただ、私自身も「難しいクレームを解決して、ロイヤルなお客様になっていただいた」経験がありますし、同じような経験をしている仲間は大勢います。
詳しくは後ほどご説明しますが、会社(ブランド)にクレームを言ってくださるお客様は、会社にとっての財産ともいえる方々であり、クレームに適切に対応することは会社のイメージを守る大事な戦略でもあるのです。
では、そもそも「クレーム」とは何でしょうか?
出典:三省堂国語辞典 第三版1987年発行
辞書の発行年度がかなり古いので、最新情報をと思いインターネットで検索をしていたら、こんな情報を見つけました。
・苦情(苦しい事情/状況)‥‥害を受けている事に対する不平不満、英語ではComplaint
・クレーム‥‥権利の主張(英語の意味が「損害賠償請求」であることから)、正当な権利を持っている場合の行為
・文句‥‥相手や物事が気に入らず、何かを言う
さて、皆さんが時に直面するお客さまからの「お叱り」は、「クレーム」でしょうか?それとも「文句」や「苦情」でしょうか?
次回で詳しく述べますが、お客さまからの「お叱り」がクレームなのか苦情なのか、文句なのかによって対処方法は変わります。とはいえ、ここで細かく分類していると話が複雑になりますので、このコラムでは『お客様がブランド(会社)に何かをおっしゃる』ことを「クレーム」ということにします。
クレームを言う人は不満を持つ人の4%
というデータがあります。では残りの96%の方はどうするかというと、黙って他社の製品やサービスに流れてしまうそうです。もう一つ気になるデータがあります。
「嫌な経験をしたことを人に話す割合:70%(10人のうち7人)。その場合に伝える相手は平均して4~5人。
それを聞かされた人が“こんな話を聞いたの……”とまた別の人に伝える割合:60%、人数も同様に4~5人」
自分が不満を持ったことをあえて会社(ブランド)には伝えないけれど、その経験は人に伝える、という方が多いという図式です。(これは「黙って」ではないですね。ただ、会社(ブランド)には直接声は届きません)
例えば100人のお客様がある製品やサービスに不満を持ったとします。するとこんな事が起こります。
1)4人のお客様が、そのことをブランド(会社)に言ってくださいます。
2)96人のお客様は「黙って」そのブランドから離れていきます。「もう二度とここの製品は買わない」と心の中で思っているかもしれません。
ここまでは、最初のデータから導き出される数字です。
さて、怖いのはここからです。
3)70人(不満を持った100名の70%)のお客様は「聞いて、聞いて、この間◯◯というブランドで、こんなひどい経験をしたの!」という話を、それぞれ最低でも4名の知りあいに伝えます(伝わる相手は最低でも280人)。
4)280人の「聞かされた人」のうち60%(168人)が「こんな話を聞いたよ」とそれぞれ4人に伝えると……計算上、その情報は672人に伝わります。今はSNSが発達している世の中ですので、「聞いて、聞いて、この間ね……」という話が伝わる相手は、もっと多いと思います。それこそあっという間に“拡散”してしまうでしょう。
会社(ブランド)は4名の「クレームを言ってくださるお客様」を得て、96人のお客様を失ない、「こんなひどい経験をしたの(しいたらしいの)」という話を聞かされた600人を超える(今ならばもっと大勢の)、会社(ブランド)に対して悪いイメージを持った人を得ることになります。
その一方で、別の、希望の持てるデータもあります。
「50~60%のクレーマーは、クレーム解決後リピーターになる。問題解決が迅速だった場合は、この値が90%になる」。少しだけ、クレーム対応に希望が持てませんか?
「期待していたのに……」ブランドへの想いが強いお客様を味方に
会社(製品)に何か言いたいことがあって、それを言ってくださるお客様は、そのブランドに対する想いが強い方です。もちろん、黙って他のブランドに流れてしまう方々を放置して良いわけではありませんが、「期待していた-裏切られた-それを伝えたい」という思いがあって行動してくださる方を味方にできたら素敵だと思いませんか?
「聞いて、聞いて、この間◯◯というブランドで、こんなひどい経験をしたの……」というネガティブコメントを伝える割合が70%であるのに比べて、『この間ね、◯◯というブランドにちょっとお小言を言ったら、それに対する対応が素晴らしかったの』というポジティブな経験を伝える人は30%(10人に3人)である言われています。ネガティブなコメントの伝わり方に比べると数は少ないかもしれませんが、ポジティブなコメント自体に力(オーラ)がありますので、聞かされた相手にも「良い印象を強く」与えるそうです。ネガティブなコメントは「流れて」しまう性質のものなので、ふぅん、そうなんだと聞いた瞬間は思ったとしても、すぐに次の話題に興味が移ってしまいます。
また「1件の不満の後ろには24人の同じ不満を抱える人がいる」というデータもありますので、もしそのクレームの原因が会社(ブランド)側にあった場合には、一人のお客様が伝えてくださった「原因」をつきとめてすぐに対応し、それ以上お小言を増やさないこともできます。
期待してくださったお客様の思いに応えられなかったことをお詫びしてきちんと対応すれば、そのお客様がブランドのアンバサダー(親善大使)のように、ブランドの製品やサービスの素晴らしさを語ってくださるのです。また、こういったロイヤルカスタマーと言われる方々は、私たちが気づいていない、あるいは見逃している製品やサービスの綻び(ちょっとした不具合や不手際)を教えてくださることもあります。
私自身「この間、ちょっと気になったのだけれどね…」というお客様からのご指摘で、トラブルの芽を摘んだことが何度かあります。ブランドをとても愛してくださるお客様との出会いが実はクレームからだった、という経験をお持ちの方は少なくないと思います。もちろん、苦い経験しかない、という方もいらっしゃるとは思いますが…。
クレーム対応は初めが肝心。「落ち着いて、丁寧に、冷静に」
クレーム対応のテクニックは、各種の研修や書籍、ネットの情報などで紹介されていますので、あえてここでは詳細には説明しませんが、一つだけお伝えしたいのは「最初の対応がとても大事だ」ということです。
お客様との会話が電話の場合でも対面でも、お客様は不満を抱いて興奮していらっしゃる状況だと思います。まずここでは、お客様の興奮に同調しないように注意が必要です。
興奮しているお客様は、どうしても言葉尻がきつくなり、不手際や不具合を責める言葉が多くなります。マシンガントーク炸裂、という感じかもしれません。その言葉に反応して反論したりすることのないように、冷静に落ち着いて、そして丁寧に対応します。それによって興奮していらっしゃるお客様も、少し落ち着いてくださると思います。お客様が落ち着かれたところで(ようやくここでこちらの話を聞いてくださる状態になります)、まずは「お詫び」から始めます。
お詫びをするというと、責任を認めたことにならないのか、と心配されるようですが、ここでお詫びするのは「何かの不手際(不具合)があって、お客様にご不快な思いをさせてしまった」ことに対してです。お客様が不手際(不具合)に不快な思いをして興奮していらっしゃることは事実ですので、その事実に対してお詫びをします。
次が「感謝」です。お客様が電話をしてくださったこと、あるいは店舗にまで出向いてくださったことに対して「ありがとうございます」と伝えます。電話にしても店舗を訪問するにしても、お客様の貴重な時間を使っていただいている訳ですから、その事へのお礼を伝えます。お詫びとお礼で、お客様との会話が成立する素地を作りましょう。
お怒りのお客様へは「伝える順番を間違えずに」
何かの不具合(不手際)に遭遇して興奮しているお客様は、急には止まれません。思っていることをすべて言い切らないうちは、こちらの話に耳を傾ける気はない、という状態に近いと思います。ですので、こちらは落ち着いて、丁寧に、冷静にです。次に大事なのが、お伺いすることや伝えることの順番を間違えない、ということです。
例えば、『2週間前に買った時計が止まってしまった!』とお怒りのお客様が来店されたとします。スタッフ(A)、(B)それぞれの対応はこんな感じです。
お客様:
2週間前にここで買った時計が、もう止まってしまったの。いったいどうなっているの?そんな欠陥品を私に売ったの!!(結構、お怒りです。想像してみてください。もしご自分がこの方の立場だったら、怒りますよね?私は間違いなく怒ります)
スタッフ(A):
お買いになった時に、その時計に入っている電池は「テスト電池」というもので、止まる可能性があることをお伝えしませんでしたか?
お客様:
そんなことは聞いていないわよ。私が悪いっていうの?!!
(これは、ありがちなケースですが、火に油を注いでいます。事態の解決が遠くなりました。多分お客様のお怒りをなだめるのに相当な時間がかかってしまうでしょう)
スタッフ(B):
それはご不便をおかけして、申し訳ありませんでした。お客様の時計の中には「テスト電池」という仮のものが入っていますので、すぐに正規のものと交換させていただきます。
お客様:
そのテスト電池って何?そんな半端なものを売ったの?
スタッフ(B):
私の説明が不十分で申し訳ございません。テスト電池というのは、工場を出荷する時には必ず入れるもので、その時計がきちんと動いているかどうかを確認するものなのです。また、お客様に店頭で商品を見て頂くときに時計が止まっていては申し訳ないので、テスト電池を入れた状態で販売をしております。
お客様:
でも2週間で止まるって早すぎない?
スタッフ(B):
これは、時計を販売した際にスタッフがお伝えするのを忘れたのかもしれませんが、テスト電池は大体2週間程度の寿命と言われています。ですので、お買上後、比較的早い時期に一度時計は止まります。もちろん、その段階でお持ちいただければ、きちんとした電池と交換いたしますので、その後は2年以上、電池交換は不要でございます。
お客様:
電池がいつまで持つか、売る段階で調べられないの?
スタッフ(B):
はい、残念ながら、例えばスマートフォンの「充電メーター」のように、あとどのぐらい電池が持ちますよ、ということを表示する機能がまだないのです。そんな機能があれば便利なのにね、と私たちも話しているのですが……。
そのためにお客様には二度足を運んでいただく、というご不便をおかけしてしまい、申し訳なく思っております。先ほどお預かりした時計の電池交換はあと10分ほどで終了しますので、もうしばらくお待ちいただけますか?
いかがでしょうか?
スタッフ(A)はお客様の剣幕に驚き、また2週間で時計が止まったという事実に動揺して「防御」からスタートしてしまいました。これでは、お客様に納得していただく道のりは遠いでしょう。
一方、スタッフ(B)は「不自由をかけた」ことを謝罪し、電池を交換することを最初に伝えています。それから「事情(事実)」を伝えていますので、この頃にはお客様も冷静になってくださっているでしょう。
まずはお詫びとお礼、そして順番を間違えずに、がクレーム対応時の初動の鉄則です。
《青栁 伸子さんの著書》
『人を幸せにするMétier お客さまを虜にする最強の接客サービス』
エルメスやボッテガ・ヴェネタなど、憧れのラグジュアリーブランド。それぞれのブランドでスタッフ育成を手がけた人事コンサルタントが、顧客の心をつかむコツを伝授する。人事のプロが贈る接客販売職への賛歌。
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