4月某日、「日本プロフェッショナル販売員協会」が主催する販売職向けの講演会が開催されました。今回のスピーカーである青栁伸子さんは、長年ラグジュアリー・リテール業界で人事・総務部門の責任者をつとめ、2015年にコンサルタントとして独立した業界の第一人者。昨年、接客販売職へのアンセムである『人を幸せにするMétier』を上梓され、5月には英語版が出ることも決定しています。
“接客販売という仕事ほど、素晴らしい仕事はない”と語る青栁さん。それには理由があると言います。
「普通に暮らしていては出会えないような人たちと出会え、毎日新しい発見があります。そして、いくつになってもファンが作れる息の長い仕事であり、人間力が自然と身についていく。いろいろなお客様に鍛えていただいたことは、生きていく上で必ず役に立つということです」。
販売職の価値を再確認できる貴重な講演会の模様をレポートします。
接客販売は“今を生きている仕事”。絶対にマニュアル化できない、生き残っていく職業。
まずはじめに、接客販売職になくてはならない“力”の話から始まりました。青栁さんは、接客販売には2つの「そうぞう力」と「瞬発力」が必要だと言います。
「“そうぞう力”とはイメージする方の“想像”とクリエイトする方の“創造”の二つ。日本語ではどちらも“そうぞう力”ですが、英語では全く違う意味を持ちます。販売職は、お客様と初めましての会話をしながら、多くのものを頭の中でクリエイトすると同時に、こんなものが似合いそうというのを瞬発的にイメージしています。会話をしながら相手の欲するものを“そうぞう”する仕事は、ほかにはありません。みなさんあまりにも自然にやっているのですが、すごいことをしているのだと自信を持って欲しい」。
また、接客販売は絶対にマニュアル化できない、面白くて難しい仕事だともいいます。AIが進化してきて、ロボットが人に代わって仕事をする時代が来ると言われていますが、接客販売は絶対にロボットにはできない仕事なのだそう。
「例えば、“お化粧室はどこですか?”や“この近くで美味しいケーキを売っていると聞いたけれど、どこにあるの?”などといった想定外の質問に、AIは対応しきれません。お客様の質問をある程度想定した問答集を作ることはできると思いますが、それでも、想定外のことを聞いてくるのがお客様というものです」
接客販売はまさに“今を生きている”仕事であり、「相手が何を言ってくるかわからないからこそ楽しい、だからこそ難しい。人と人が出会うことで起きる化学反応を楽しめるのが接客販売の仕事」なのだそう。ロボットがとって代われないのは、この化学反応の部分なのかもしれません。
「楽しい」買い物でお客様を笑顔にしてこそ一流の接客販売
講演会の後半では、お客様に楽しい買い物をしてもらうために、販売スタッフはどうしたらよいのかという点に焦点を当てた内容になりました。
「人間は買い物をした時、どうしても後悔する生き物」であるといいます。しかし、その「あぁ買ってしまった」という後悔を打ち消すものがあるとすれば、それは販売スタッフとの会話なのだそう。
「楽しい買い物ができれば後悔はしても後には残りませんし、対応してくれた販売スタッフのことも商品を買ったときのエピソードとして記憶に刻まれ、そこから関係性がつながっていくこともあります」。
そして、販売職で誤解されがちな3つのエピソードを例に挙げ、青栁さんは解説します。
1.「いい商品だから黙っていても売れるよね」
「商品がいい、という理由だけでは絶対に売れません。接客を受けて“欲しい”と思ったから買っていただけるということを忘れてはいけないのです。接客販売職は誰にでもできる仕事ではなく、お客様の心に残るような接客かそうでないかによって売り上げも変わってきます」
2.「誰から買っても一緒だよね」
「これは実は、全く一緒ではありません。その商品を買った後の使い方や、商品に付随する価値というものが接客によって大幅に変わってきます。だからこそ、あなたから買いたいと感じてくれるファンを増やしていくことが楽しいと思えるのです」
3.「インターネットで買っても一緒でしょ」
「お洋服やバッグなどは特にそうですが、素材感、重さ、自分に似合うかどうかなど、ネットで買って後々後悔することは多々あります。ネット販売を否定するわけではありませんが、ネットで買わないほうがよいものも取り扱っているということを忘れないで」
なにより、“あなたから買いたい!”という関係性を築くことが大切なのですね。
接客販売という職業に自信をもって欲しい。“Métier”に込めた想い
「人を幸せにするMétier」のタイトルにある“Métier(メティエ)”は、職業という意味のフランス語。著書『人を幸せにするMétier』を翻訳するにあたり、青栁さんは興味深いエピソードがあったといいます。
「本の翻訳者は、“接客販売”を英語で“コンサルタティブ・セールス(consultative sales)”と訳してくれました。これはなるほどなぁと思いました。接客販売職は単に何かを販売する人(sales)ではなく、コーディネートやアドバイスといったご提案をしながら接客する仕事。これがいかに素晴らしいかということを、私たちはもっと知るべきです」
日本人に「あなたの仕事はなんですか?」と聞くと、多くの人が「会社員」と答えるのだそう。「お仕事なんですか?」と聞かれたら、ぜひ「コンサルタティブ・セールスです」と自信を持って名乗って欲しい、そしてブランドの垣根を超えて素の自分で勝負して欲しいと、販売職の方に向けたエールを送ってくださいました。
ラグジュアリーブランド販売職の方からの質問に青柳さんが回答
最後に、会場に駆けつけていた多くのラグジュアリーブランドで働く販売職の方から質疑応答が寄せられました。一部Q&Aをご紹介します。
Q:素の自分で勝負するには、どのようなことを大切にしたら良いでしょうか?
A:「これだという決定項はありませんが、“何事も楽しんでしまおう”、というセンスは必要です。これが癖になっていれば、ブランドが変わっても通用しますし、どこに行っても使えるスキルです。先ほどお話しした瞬発力と二つのそうぞう力も、たとえ接客販売職でなかったとしても、大いに使えるスキルであると思います」
Q:採用した方がなかなかお店にマッチしないのが悩み…。面接という短時間で、人の本質を見抜くコツを教えてください。
A:「採用面接で想定外の質問をぶつけてみてください。面接での想定問答集は大抵頭の中に入っていますが、用意した答えが使えない場合に素が出るのです。さらに迷ったときは、自社のブランドの制服を着ている候補者を想像してみるのも一つの手。何か似合わないと感じれば、残念だけど諦めましょう。その人がそのブランドに入って幸せになれるかどうかは、お互いにとって大事なことなので、慎重に行いましょう」
Q:若手のお客様で、ポイントなどを目当てにネットで購入する方が増えています。そうしたお客様に店頭で購入してもらうにはどうすべきでしょうか。
A:「一言いいたいのは、ネットに負けるんじゃないわよ、ということ(笑)。そういう時こそ付加価値というものを大切にしてください。店頭でしか聞けない情報を提供すれば良いのです。これこそがリアルで接客することの最大のメリット。あなた方の持っている経験や知識を十分に生かしてください」
最後に青栁さんは「イメージすることと作り上げることはどちらもすごく楽しいこと。接客販売という仕事に自信を持ち、楽しんで仕事をしていただけたら」と締めくくられました。
多くの参加者にとって、自身の仕事との向き合い方を考える大きなきっかけとなるような、素晴らしいメッセージが詰まったセミナーでした。
今回お伺いした主催団体
日本プロフェッショナル販売員協会
日本プロフェッショナル販売員協会 http://jasp-association.jp
販売員の地位向上やキャリア支援を目的とした団体。現在は、理事として百貨店から、三越伊勢丹ホールディングス、高島屋、大丸松坂屋百貨店、ラグジュアリーブランドでは、エルメス ジャポン、シャネル、LVMH モエ ヘネシー・ルイヴィトン・ジャパンが参加。アパレルでは、ワールド・モード・ホールディングス、三陽商会、オンワードホールディングス、TSIホールディングスが参加。そのほか、一般財団法人ファッション産業人材育成機構が参加し、100社を超える会員企業とともに販売職の魅力向上に努める。
text : Lina Ono(Rhythmoon) edit&photo:Mio Takahashi(Fashion HR)