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キャリアコラム

記憶に残るエルメスの接客|元ラグジュアリーブランド人事責任者・青栁伸子

昨年私が出版した本『人を幸せにするMétier』(※コラム末尾参照)にも書きましたが、接客販売業の醍醐味の一つに「お客様の記憶に残ることができ、それによってお客様との親密な関係を長く保つことができる」ということがあります。

私にも「記憶に残っている接客・スタッフ」があり、その時に購入した商品は今でも手元にあって愛用しています。

今回のコラムでは、そんな接客体験にまつわるエピソードをご紹介して、接客販売職のすばらしさを皆さんと共有したいと思います。

今回のコラム執筆者

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合同会社NOBuコンサルティング|青栁 伸子さん

東京都生まれ。人事・総務・ITを専門分野とするコンサルタント。日系企業、日系ベンチャー企業での人事経験を経て、1999年にラグジュアリー・リテール業界へ転身。エルメスジャポン、ボッテガ・ヴェネタジャパン、フォリフォリジャパンの各社で人事・総務部門の責任者として、人材育成・組織開発・制度設計などにあたる。同時にビジネスパートナーとして、経営陣に対して人事的な側面からのサポートを行い、会社の業績向上にも寄与。特に接客販売職の「専門職」としての地位確立、処遇の改善、女性が無理なく永く働ける環境づくりなどに注力。2015年にコンサルタントとして独立。

入社の記念に購入した、思い出のエルメスの手帳

下の写真は1999年の10月に購入した、エルメスのアジャンダ(=手帳)です。外が黒、中が赤のツートーンで、Visionというスタイルでバーティカル仕様のレフィルをセットします。

hermes_ajenda

1999年10月にエルメスに入社することが決まり、前職の上司(当時は米国在住)に報告に行ったサンフランシスコのエルメスで購入しました。お店に行くまでは、入社の記念にその年のカレ(スカーフ)でも……と考えていました。IT企業に勤めていた間も、時々気に入ったカレを購入することを楽しみにしていましたので。

10月上旬の平日の午後でしたので、店内のお客様は私以外に一人いらしたかどうか、という感じで、かなり「敷居が高い(居心地は良くない)」状況でした。そんな不安げな私に、にっこり笑って『こんにちは』と声をかけてくれた女性ベテランスタッフは、

『2階にも素敵な商品がたくさんあるので、ゆっくり見てね』

と言ってくれました。

サンフランシスコの今の店舗は1フロアですが、私が訪問した当時は2階建てでした。2階でエルメスの自転車(!)などの素敵な商品を見て、気持ちが落ち着いたところで1階に降り、目的の買い物を始めました。日本のエルメスに入社が決まったこと、その記念に何か「思い出」になるものを買いたいと思っていること、今シーズンのカレを考えていることなどを伝えました。

『まぁ、それはおめでとう!エルメスにようこそ。では、記念になるものを選ばないとネ』

と彼女は私のイメージしていたそのシーズンのカレを1、2枚見せてくれた後で、このアジャンダカバーを出してきました。

「あなたの歴史に寄り添うものだから」
──ベテランスタッフの一言

一目見て素敵だと思ったものの、私は「素敵だけれど、考えていた予算を超えてしまう」と正直に伝えました。その時に彼女から返ってきた言葉は、

『このアジャンダは、これからのあなたのエルメスでの歴史に寄り添っていくものなの。「これは入社した年に買ったカレだ」と時々思い出すのではなく、毎日スケジュールを書き込みながら「入社した時にサンフランシスコで買ったなぁ」と思い出せるの。それって素敵じゃない?』

自分の歴史に寄り添うもの、毎日手にして一緒に仕事をしていくもの、入社の記念品としてはこれ以上の選択はないと思い、予算はかなりオーバーしましたが(中のレフィルも結構な出費でしたので)購入を決めました。この黒と赤のツートーンは日本ではあまり見かけないモデルのようで、入社してから社内の人に「それ、どこで買いました?ツートーンって初めてみました」などとよく声をかけられたものです。また私のイメージに似合っているようで、よく褒められました。サンフランシスコのスタッフの審美眼に感謝ですネ。

その後パリに出張した時、当時のパリ本社の社長ジャン・ルイ・デュマさんから『エルメスにとって一番嬉しいお客様は、アジャンダのお客様なんですよ』と教えられました。何故ですか?という問いに『アジャンダを使っているお客様は、ほぼ毎日、それも一日に何度も手にするでしょう?その度にエルメスのロゴを見て、エルメスの革の手触りを感じて、エルメスとつながってくださいます。そして、毎年必ず、翌年のレフィルを買いに来てくださる。とても私たちに近いお客様だからです』という答えでした。
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デュマさんが私の自作のアジャンダ用の袋(それも傷んでしまったカレのリメーク)を見て『大事に使っているね、今、何年目?』と尋ねられたので、サンフランシスコでのエピソードを含めてお話しました。「私のエルメスでの歴史に寄り添ってくれるものだから、大事にしたいんです」と。『それはいい話だね、そのアイデア、私も使ってかまわない?パリのスタッフにも教えてあげたい』。

多分その後、私のように「あなたの歴史に寄り添うものだから」という殺し文句にヒットされたお客様が増えたのではないでしょうか。

未来をイメージさせる一言が背中を押す

「あなたの歴史に寄り添う」……2年後3年後、あるいは10年後も自分がこのアジャンダを手にしている姿がイメージできたたからこそ、予算オーバーには目をつむって買いたいと思いました。本当に素晴らしい「殺し文句」でした。確かにそのシーズンのカレも入社の記念品としては良いものだと思います。ただ、同じカレを毎日する訳ではありませんし、きっと次のシーズンには新しいデザインのものを買ってしまうでしょう。

1年目、2年目……そして購入してから18年たった今でも「私の歴史に寄り添って」くれているアジャンダを手にするたびに、1999年10月の会話をこんなにリアルに思い出せるほど、彼女との会話やすばらしい接客は心に残りました。

そして、心に残った出来事は時が経って記憶の海に沈んでしまっても、何かきっかけがあれば鮮明に思い出せるものなのです。私は毎日アジャンダを手にしているので、彼女とのことも忘れないのかもしれませんね。

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※写真に写っているのは「歴史に寄り添ったレフィル達」

お客様と商品の出会いをプロデュース

接客販売という仕事の役割の一つは、お客様と商品の出会いをプロデュースすることです。気に入った商品が手に入れば、お客さまは幸せに、笑顔になります。そこに「プロデューサーの素敵な一言」が加われば、お客様の幸福感はもっと強いものになります。「これを買った時にこんなことがあった、こんな事を言ってもらった・・・」という幸せな記憶は、何年たってもお客様を笑顔にします。

幸せな記憶とそれをもたらして(プロデュースして)くれたスタッフは、切り離されることなくお客様の中に残り、そうしてお客様とスタッフの絆が生まれていきます。

もし私がサンフランシスコ在住であれば、毎年レフィルを買いに彼女のところへ行き、1年目2年目と歴史を刻んだ私のアジャンダを見せて、楽しく盛り上がっただろうと思います。『新しい年のレフィルと一緒にまた楽しい一年を過ごして、報告に来てネ』というような会話をしただろうと思います。そんな楽しい会話ができないことが、本当に残念でした。ですので、せめてものお詫び(?)に、今でもレフィルは知人に頼んでサンフランシスコの店で購入しています。

皆さんもこんな素敵な思い出を共有できるお客さまがいらっしゃいますか?大事にしてくださいね。まだ、そんなお客様と出会っていない方は、プロデューサーとしての腕を磨いてください。

《青栁 伸子さんの著書》

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『人を幸せにするMétier お客さまを虜にする最強の接客サービス』
エルメスやボッテガ・ヴェネタなど、憧れのラグジュアリーブランド。それぞれのブランドでスタッフ育成を手がけた人事コンサルタントが、顧客の心をつかむコツを伝授する。人事のプロが贈る接客販売職への賛歌。

 

 

 

 

 

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