ファッション業界人なら知っておきたい、ファッションに関する基礎的な法律をわかりやすく解説する「Fashion Law for Beginners 法律編」。今回は、よく法律事務所に持ち込まれる相談事例とそのアドバイスをご紹介。ファッションに関する法務の第一人者として知られる小松隼也さんに、商標登録をはじめ、著作権、開発中のトラブルなど4つの質問にお答えいただきます。
海外ショップでの取り扱いが決定。日本国内だけでの商標登録だけで大丈夫?
「当社の商品の販売が、第三者の商標権・著作権、その他の知的財産権を侵害していないことを保証する。第三者のこれらの権利を侵害することを理由に訴えられた場合には、その対応にかかった弁護士費用を含むすべての費用を補償することを約束します」
という条項が入っています。日本国内では、ブランドネームとロゴを商標登録しているのですが、問題はないでしょうか?
商標登録は国ごとに行うことが必要です。したがって、ブランドネームやロゴを世界展開することを考えている場合には、権利を保護したいと考えている国においても商標登録を行う必要があります。
ここ最近は、海外のメディアでブランドが取り上げられたり、デザインアワードなどを受賞したりすると、それを見た悪意の第三者がブランドネームやデザイナーのフルネームを勝手に商標登録してしまうというケースが激増しています。ブランド立ち上げ時などは費用に余裕がないことから、まずは日本国内でのみ商標を登録して、その後、ブランドが軌道に乗ってきたタイミングで海外でも商標登録を行おうと考えている方も多いのですが、海外を視野に入れ始めたころには、すでに悪意の第三者によってブランドネームが商標登録されてしまっているのです。特に中国とヨーロッパはそれを目的にお金を稼ごうとしているプロがいるので気を付けてください。
実際に、あるデザイナーのもとに
「はじめまして。私は中国における、『●●』という名称の商標を登録しているものです。あなたも同じ名称でブランドを展開しているようですが、もしあなたが、中国で『●●』という名称で衣服を販売したいのであれば、私達はあなたにライセンスの権利を100万円で認めましょう」
などといったメールが送られてきたこともあります。現地の弁理士に相談して調べてもらうと、中国では実際に「●●」という名称が商標登録されており、登録申請日を確認してもらうと、ブランドが海外で人気が出るきっかけとなったWebメディアが公開された次の日に登録申請が提出されていたことがわかりました。
すでに登録手続が完了している第三者の商標登録を無効とし、後からこちらの登録を認めてもらうには、海外ということもあって弁護士費用がとても高くつくうえに、それまで販売実績がなければ、主張が認められないことも十分にあります。その場合には、その国での商品の販売に限っては、まったく別の新しいブランドネームを用いるという方法もありますが、タグを変えたり、せっかく有名になったブランドネームを使えなかったりと非常に不便です。最終的には、悪意の第三者から権利を買い取ることも検討する必要がありますが、相手もふっかけてきているので交渉がいくらでまとまるかは、なかなか予想がつきません。
このように有望なブランドの名称やデザイナーの名前を先に登録してしまって、高い金額で権利の売買を持ちかけてくるといったケースが絶えませんので、海外でのメディア展開やアワードへの応募の際には、海外での商標登録をあらかじめ行うことも検討しましょう。
好きな曲の歌詞をデザインに取り入れたい。著作権はどこまで及ぶ?
曲の歌詞には作詞家の著作権が認められるので、曲の歌詞をフルで全面にプリントしたTシャツを作成した場合は、作詞家の著作権を侵害してしまうでしょう。それではサビの部分だけではどうかというと、サビだけでもその歌詞には一定の創作性(独創性と言い換えてもよいかもしれませんが)が認められる場合が大半かと思いますので、サビだけであっても無断で利用するのは避けたほうがよいでしょう。
もっとも、例えば、サビが「Pain」と連呼しているにすぎない場合はどうかというと、「Pain」という一般的な単語の連続のみに創作性があると認められることは低いと思います。ですので、Tシャツの全面に「Pain」とプリントすることは著作権侵害にはならないと考えます。注意が必要なのは、あくまで「Pain」と繰り返している歌詞に著作権は認められないとしても、それをボーカルが連呼し、バンドミュージックが重なった「音楽」になった場合には、サビのみでも創作性が認められ、著作権が認められます。ですので、例えばそのサビをショーの音楽として利用する場合には、やはり著作権を侵害することになりますので許諾を得るようにしましょう。
また、アルバムのジャケットの場合には、その絵やグラフィックを描いたアーティストの著作権が生じている場合が大半なので、オマージュという理由をつけたとしても、許諾を得ずに利用した場合には著作権の侵害となってしまうでしょう。
パロディとして一部を変更した場合ですが、その線引きを行うことは一概には難しいのですが、その絵の本質的部分や大部分が共通している場合には著作権侵害に該当する可能性があります。大抵の場合には、オリジナルの絵の雰囲気を残すために本質的部分に変更を加えることは少ないと思いますので、やはり著作権の侵害になってしまう可能性が高いでしょう(とはいえ、著作権侵害とはいえないパロディもあり得るのでケースバイケースの判断が必要です)。
なお、アルバムを販売しているレコード会社の窓口などに、これまでのコレクションの画像と一緒に今回のシーズンでアルバムのジャケットを利用したい旨を記載したメールを送ると、アーティスト本人がブランドを気に入ってくれて、あっさり利用の許可をもらえることも意外にあったりするので、そのような方法を試してみてもよいかと思います(とはいえ、いつ返信が返ってくるか読めないことが多いので、コレクションの発表の締め切り間近になっての連絡はおすすめできません)。
商品化の段階で商品に欠陥が発覚。その責任の所在はどこに?
このような企画ものに関しては、まず、それぞれの関係者の契約関係がどのようなものであるかを整理する必要があります。
考えられるパターンとしては、①契約上、ブランドが「企画とデザイン」のみを行い、企業が仕立業者や生地業者に直接発注を行い、それぞれに報酬を支払ってプロダクトを制作するパターン。そうであれば、問題が生じている生地を納品した生地業者と企業との間に直接の契約関係があるので、企業から生地業者に対して直接責任を追求してもらい、ブランドとしては、プロダクトの「企画とデザイン」に関して問題はなかったという整理で責任や追加費用の負担を負うことはないと考えることができると考えます。
他方で、②契約上、ブランドが「企画、デザインに加えてプロダクトの制作」までを行い、企業はブランドに対してのみ報酬を支払い、ブランドが仕立業者と生地業者に仕事を発注してそれぞれに報酬を支払い、完成したプロダクトをブランドが企業に納品するというパターン。その場合は、企業とブランドの間にしか契約関係がなく、また、ブランドはプロダクトの制作まで責任を負っているため、生地の問題に関してもブランドが責任を負い追加費用を負担しなければならないことになります。また、生地業者に対しては企業ではなく、ブランドから責任を追求することになるのですが、相談例のように、試験センターでは問題が見つからなかったというケースもあり、生地業者としては生地には問題がないと主張する可能性もあります。そうなると、ブランドが企業と生地業者との間で板挟みになってしまい、最終的に誰の責任であるかがはっきりとせずに、結局追加費用を負担せざるをえないというような事態も想定されます。
このように、関係者間の契約内容によって、トラブルが生じた際の責任の所在や解決方法が異なるのですが、そもそも契約関係が①と②のいずれのパターンかはっきりしないということも多々あります。そのような場合には、企業が報酬をどのように支払っているか、それまでのメールでのやり取りなどを参考に契約関係を明確にしていくのですが、一般的には、企業がブランドや代理店などに一括して費用を支払い、企画制作をまとめて発注することが多いので②のパターンが多いようには思います。
もっとも、相談例のように、実情としては、関係当事者が全員顔を合わせて会議を行い、企業がそれぞれの業者に発注を行っており、ブランドとしては企画とデザインしか行っていないと解釈するほうが妥当な場合もあります。そのような時には、契約書やメールなどで明確に「業務範囲とそれに応じた報酬、なにかあった際の責任分担」をあらかじめ決めておくことが紛争を回避するためには重要であると考えます。
海外のバイヤーが商品納品後に残金を払ってくれない。契約解除はできる?
オーダーの際にどのようなやり取りをしたのかにもよりますが、契約書を締結しておらず、オーダーのための用紙にも前払い金に関する特段の条件が何ら記載されていないような場合には、前払金を返還せずにキャンセルを行うことは難しいでしょう。
オーダーの際のルールを決めた取引基本契約書を作成するか、オーダーシートに取引条件を記載することをおすすめします。その際には、当初の支払いについて「デポジット」であるという記載ではなく、「残りの70%を特定の期日までに支払わなかった場合には、オーダーは自動的にキャンセルされ、かつ、当初の支払いの30%については返還することはない」ということを明記しておくのがよいでしょう。
今回のコラム執筆者
弁護士|小松隼也さん
同志社大学法学部卒業。長島・大野・常松法律事務所で弁護士として、企業に対する法律アドバイスや訴訟を専門として手掛ける一方で、アーティストやデザイナーといったクリエイターを支援する専門家団体「Arts and Law」に所属。2014年からニューヨークの大学院(Fordham University school of law)に留学し、ファッション、アート、デザイン分野で問題となる法律を研究。2016年に帰国。Fashion Law Institute Japan研究員。
Fashion Law Institute Japan
知的財産研究教育財団に属する日本で最初のファッションローの研究を行う場。メンバーは国内外のファッションブランドにより構成され、研究員として弁護士等が参加。