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突撃洋服店・安田美仁子に聞く「服で広がる可能性」【前編】

これまで「他人にどう見られるか」を重視する人が多いと言われていた人々のファッション観は、コロナ禍で大きく変化しました。人と会わず自宅で過ごすことが多くなったことで「自分がどう感じるか」を重要視するようになったと言われています。「家で快適に過ごすためいかに着心地の良い服を選ぶか」だけでなく「制限の多い日々の中で自分の心を明るくするために何を着るか」という基準で服を選ぶ人が増えたことで、今後はさらに性別や年齢に捕らわれない本当の意味での「自分らしさ」を求めて服を選ぶ人が増えると予想されています。

そんな流れを先取りするかのように、時代・ジャンル・カテゴリー・ジェンダーのいずれにも捕らわれることのないアイテムが並ぶ1985年にオープンした『突撃洋服店』。セレクトされている古着表現作家・安田美仁子さんに、「自分軸」での服の選び方、そこから広がる可能性についてお話しを伺います。前編となる今回は安田さんご自身のファッションの目覚め、ボーダーフリーなセレクトについてお話し頂きました。


デザイナーズブランドブームへの違和感から古着の道へ

――ジャンルに捕らわれない唯一無二の世界観で古着をセレクトされています。安田さんご自身の「ファッションへの目覚め」は?

10代の終わりですね。ちょうどISSEI MIYAKEやKENZO、Yohji Yamamoto、COMME des GARCONSなどのデザイナーズブランドが登場し始めた頃でした。神戸・北野町のアクセサリーショップでアルバイトをしていたんです。有名建築家が手掛けたコンクリート打ちっぱなしの雰囲気あるビルでデザイナーズブランドも沢山入っていて、「格好良いな」と興味を持つようになりました。

――アクセサリーから古着の道へ?

アクセサリーショップの中で、なんというか…私は“よく売る人”だったんですよ。個人店舗が多い時代で、今よりもアルバイトというものがシステム化されていなかったので、マニュアルも何もない中で見様見真似でやっていました。オーナーや先輩の言っていることややっていることをとにかく観察して、自分の目で見たものや感じたものを形にしていく日々でした。そしたらよく売れたんですよね。今思うとお客様のことをよく見ていたからじゃないかなって。その人が何を見て、何を手に取るかをしっかり見て、「だったらこちらもお好きじゃないですか?」と提案する。そういう受け身じゃない接客に面白さを感じていました。そんな時、たまたま通っていたショップの方が「今度新しいお店ができるんだけど、やってみない?」と声をかけて下さって。それが高田賢三さんのお店(KENZO)だったんです。

――最初はデザイナーズブランドからのスタートだったんですね。

当時は今とは比べ物にならないくらい服が売れていた時代ですし、デザイナーズブランドブームで、本当に沢山のブランドが生まれました。 “それっぽい”ブランドも沢山あって…。一種の飽和状態に違和感を感じ、ボロ屋のようなところでツイードの大きいコート買ったり、親が着ていた1950年代くらいのずいぶんと分厚いコートを着たりしているうちに古着の楽しさを知りました。

服はその人を知る“きっかけ”

――「突撃洋服店」をオープンしたきっかけは?

KENZOで働きながら趣味で古着を買い、友人たちとフリーマーケットを開くようになりました。神戸の高架下のボロ屋で買ってきたコートやスーツに少しだけ利益を乗せて。80年代ってまだフリーマーケットが今みたいに主流じゃなかったのでもの珍しかったのと、古着ブームが起こる直前だったこともあり、よく売れたんですよ。そろそろ名前を付けようとなって「フリーマーケットだし目立つやつにしよう。どうせ今しか使わないんだからふざけた名前でいいじゃん!」と付けたものが『突撃洋服店』。まさか35年以上も掲げることになるとは…(笑)。フリーマーケットの売上金が少し貯まったタイミングで知人が神戸の旧居留地の関係者を紹介してくれたんです。その頃の旧居留地はまだファッションブランドもそんなに入っていなくて、今みたいなおしゃれスポットではなかったんですが、「3年後にこのビルを壊すから、3年間だったら使っても良いですよ」と言って頂けて。「3年間もそんな楽しいことをさせてもらえるなんて!」と、お店をオープンしました。

――オープン当時からボーダーレスなセレクトをされていたのですか?

ある日はボディコンを、ある日は古着のオーバーサイズのメンズスーツやコートを…と色々な服を楽しんでいるうちに「ジャンルとか、ないよな」と思うようになったんですよね。商業的にはジャンルでカテゴライズした方が世界観が作りやすいというのも理解できるんですが、“個人”はジャンルにカテゴライズできないじゃないですか。私は服のことを服というよりも“きっかけ”だと思っているんです。服を通じて全然知らない人と深い話ができたり、名前も知らないのにその人の奥底の部分を引き出してくれたり、服のそういうところが面白いなって。KENZOで働いていた時も、上から下までそのブランドで固めて店頭に立たなきゃいけない雰囲気をもう少しどうにかできたらいいのになあと21歳ながらにして思っていましたね。デザイナーズブランドがひしめき合うワンフロアの中で、ブランドごとに色も形も全く違う様子こそが面白いのに、勿体ないなと。

――カテゴライズしてしまったらその“きっかけ”もなくなってしまいますもんね。

うちに来て下さる70代のお客様が「私らに向けた服って風呂敷みたいな柄ばっかりやろ?」って仰るんですよ。年齢に当てはめられていく不自由さみたいなものをすごく感じますよね。私が20代の時に着ていたシャツを50代の今でも着られるのと同じように、着方は変わったとしても好きな服をこれからもずっと着てほしいんです。「こんな格好して歩いてたら何言われるかわからへん」って人目を気にされる方も多いんですけど、軸を他人にしてしまうと自分の気持ちや楽しさが後回しになっちゃうんですよね。これは極論かもしれませんが、他人は何もしてくれない。だったら、やっぱり自分が着たい服を着た方が良い。

「感情」と「服」を結びつけて考える

――最近ではジェンダーレスファッションにも大きな注目が集まっていますよね。

うちのお客様は6割が男性なんです。いわゆる「男らしい」ファッションに違和感を持っていらっしゃる男性も多くて、華やかなアクセサリーや柔らかい素材のシャツを購入されます。ファッションをきっかけに精神的にリベラルな男性がもっと発言しやすくなったら良いですよね。突撃洋服店ではずいぶん前からジェンダーフリーという言葉を使っていますが、男女の性の境界がないということだけでなく、社会的な立ち位置からの解放という意味を込めています。私自身も子育てをしていた時、“母親っぽいふるまい”や“母親っぽい服装”をしないといけないムードをひしひしと感じました。子供が小さい時期っていうのはほんの数年なのに、その数年のために何かを諦めたり自分を丸ごと変える意味って本当にあるのかな?って。子供も、親が無理をして“お母さん”と“お父さん”を演じているのってわかっちゃうと思うんですよね。母親だから・父親だからこうしなきゃいけない、上司だから上司っぽくしなきゃいけない、そんなことよりもまずは「自分ってどんな人間なんだろう」と考える機会をしっかり設けた方が良いんじゃないかな。

――ジェンダーレスというジャンルになってはいけない、と。

そうそう。こういうことが話題になるのはとても良いことだと思いますが、本当の意味でのジェンダーレスを考える時間や場所がないと“風潮”になってしまうんです。「今ってこんなこと言っちゃだめなんだよね」って、タブーみたいに面白おかしく茶化す雰囲気が誰かの傷を余計に深くする危険性もある。もっと日常的なことだということを知ってほしいですね。サステナブルも同じだと思います。新素材が環境に良いからと言って、旧素材の服を着なくなったら大量のゴミになってしまいますよね。“今あるものを新しく魅せる”という、とても基本的な工夫を見落としている気がします。これからの未来のために何かを変えていくことはとても大切なことですが、もう少し身近なところから見直さないといけないですね。“物”ばかりに注目して“人”が置き去りにされているようなことがないように。その人がどんな風に感じて・考えてその服を選んだかという“感情”と“服”をしっかり結びつけて考えていきたいですね。


安田 美仁子 やすだ・みにこ

渋谷生まれ、神戸育ち。横浜在住。

1985年より「突撃洋服店」を開始。

買い付けから店舗のディレクションまで一貫して行う。

2020年4月に神戸店を、2021年4月に渋谷店を終了し、現在はポップアップのみで展開中。

近年は映画やドラマ、アーティストへの衣装提供も行い、

百貨店でのポップアップや様々な場所でのファッションショーなど、

古着を通して新たな価値観や可能性を生み出す展開を行っている。

http://www.totsugekiyofukuten.com/


TEXT:鷲野恭子(ヴエロ)

PHOTO:大久保啓二

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