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「痒いところに手が届く」のその先に。お客様の期待を超える接客サービスとは?|元ラグジュアリーブランド人事責任者・青栁伸子

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以前、あるブランドのマネージメント研修で「お客様の期待を超えるサービスとは何だろう」というテーマでディスカッションをしたことがあります。その時の各チームの発表で一番納得して今でも記憶に残っている例えが

痒いところに手が届くのは『期待通り』、ここが痒くないですか?と言われて(掻かれて)初めて“あ、そこ痒い”とお客様が気づくのが『期待を超えるサービス』

というものでした。

それ以来、私自身も自分の仕事をとおして、お客様(人事の仕事をしていると、お客様は第一が「社員」次が「会社(主に経営陣)」です)の期待を超えるサービスをしようと心がけてきました。なかなか難しいですね、期待を超えるのは。

実は私自身、この「ここが痒くないですか?」と聞かれた経験(期待を超えるサービスを受けた経験)がありますので、今回はその話をしようと思います。

今回のコラム執筆者

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合同会社NOBuコンサルティング|青栁 伸子さん

東京都生まれ。人事・総務・ITを専門分野とするコンサルタント。日系企業、日系ベンチャー企業での人事経験を経て、1999年にラグジュアリー・リテール業界へ転身。エルメスジャポン、ボッテガ・ヴェネタジャパン、フォリフォリジャパンの各社で人事・総務部門の責任者として、人材育成・組織開発・制度設計などにあたる。同時にビジネスパートナーとして、経営陣に対して人事的な側面からのサポートを行い、会社の業績向上にも寄与。特に接客販売職の「専門職」としての地位確立、処遇の改善、女性が無理なく永く働ける環境づくりなどに注力。2015年にコンサルタントとして独立。

「これって素敵じゃありません?」=痒いところに手が届く接客

今から、15年以上前の話です。当時私は、渋谷にあった(今は、店だけでなくビルまで無くなってしまいました)ダイアナで靴を買っていました。担当してくださった方とは、とても良い関係を築けていたと思います。彼女は私のためにシーズンの新作で私が好みそうなものをキープする、私はそのセレクションから2~3足まとめて購入、というような関係でした。

私は人事という立場上、固めのきちんとしたスタイルで会社に行っていましたし、人に会う、研修の講師で一日立っている、採用イベントで歩き回っている、といった毎日だったので、とにかく足に合って、楽で、それでいてスタイリッシュな靴を探すのが、何より大事だったのです。彼女は、私のそんな生活スタイルと靴に対する要望、サイズが25センチという難しい状況をものともせずに、私の足に合っておしゃれで楽な靴を探してくれていました。

ある日、彼女に提案されたのが、私が「モンドリアン(*)」と密かに名付けたこの右下のローヒールです。

ピエトモンドリアン

「シンプルな黒のパンプスは色々とお買上いただいているので、今回はこれをお薦めします。黒のエナメルですが、カラフルで華やかでスタイリッシュですし、プライベートやオンの日で人に会う予定のない時などにいかがでしょうか?また、朝から6センチのヒールをずっと履いているのは辛いので、出先までは楽な靴でという時にも、カジュアルになりすぎないので良いと思います。」というようなコメントだったでしょうか。

彼女のこのコメントからも、私の好みやライフスタイルを熟知していたこと、また、自分が販売した商品はすべて記録しているだろうことはわかります。実のところ当時の私のシューズクローゼットの中はダイアナの靴しかない、例外はスニーカーぐらい、という状況でした。このローヒールが私のお気に入りになったのは当然のことだと思いますが、私は「そういう靴(完全に仕事モードではないけれど、カジュアル過ぎない靴)を探しているとは言っていませんでした。こういう靴もあった方が良いだろうなぁ、と思った彼女からの『痒いところに手が届く』サービスでした。

「このパンプスを見つけました!」=あ、そこ痒いです!と気づく接客

そんなある日、新作が揃いましたという連絡を貰って店に立ち寄った私に、仕事用の数足を見せた後に彼女が出してくれたのが、このピンクのラメのキラキラパンプスです。

ダイアナパンプス

一瞬「えっ、これいつ履くの?」と思ったのですが、彼女の『青栁さん、ここが痒くないですか?』コメントはこんな感じでした。

「青栁さんは趣味でハープを習っていてほぼ毎年発表会や演奏の機会があって、その度に衣装や靴で悩むのよね、と仰っていました。特に靴はどんな衣装にも合って、底が適度に柔らかくて、何よりステージ映えするものが良い。他の人はゴールドやシルバーのパンプスを履いているのだけれど、何だか皆お揃いみたいで好きじゃないし、とも。」

確かに、そんな話をした覚えはありました。その前年は黒のエナメルのパンプスを履いて発表会に出たものの、あまり満足していない(演奏がしにくかった)と愚痴を言ったかもしれません。ただ、私がハーピストとして活動するのは多くて年に3日程度ですので、すっかりその事は忘れていました。

「衣装を選ばなくて、ステージ映えして、履きやすい、底が適度に柔らかい物をずっと探していたのですが見つけました。いかがでしょうか?」

それがこのピンクのパンプスです。私が『あ、そこ痒いです(うわぁ、これ欲しい!)』と思った瞬間です。彼女のコメントで自分がそんな靴を探していたことを思い出したのです。「それ買います」と即答したのは言うまでもありません。

ラメ素材のピンクのパンプス、メーカーとしても良く作ったと思いますし、私のサイズがあったのも奇跡だと思えました。実はハーピストの足元は良く見えるし写真にも写るので、これを履き始めてすぐに、仲間内でも「それ素敵!」と話題になりました。もちろん今でも現役で、私のハーピストとしての大事なパーツになってくれています。

確かに年に多くても3日程度の演奏者としての靴ですので、必需品ではありません。ただ、私はハーピストとしての自分を職業人としての自分と同じぐらい大事にしていました。年に1度の晴舞台(発表会)の衣装や靴に妥協はしたくない、という思い入れのようなものを持っていました。そのことを彼女に話したかもしれませんが、覚えていてくれるとは思ってもみませんでした。

イメージ

「お客様の期待を超えること」は難しいことではない

今でもこのパンプスを履くたびに彼女の事を思い出します。それほど強い印象と接客販売のプロとしての姿勢を見せてくれた人でした。日常的に気になっていることではなく、彼女に言われなければ思い出しもしなかったハーピストとしての靴、それを気にして探してみつけてくれた。本当に嬉しかったのを覚えていますし、だからこそ長い年月が経過してもこんなに鮮明に思い出せるのです。

その日はこのパンプスに出会ったことで舞い上がってしまい、あまり話もせずに店を出てしまったので、後日、何故このパンプスを探していたのか、見つけたのか、どんな苦労があったのかを彼女に聞いてみました。

「え、そんなに大した事ではないですよ。今まで青栁さんには仕事用の靴を何足もお買上いただいているので、ご提案できるものが少ないなぁ、と思ったんです。もちろん、毎シーズン、何かお気に召すものがあってお買上はいただいていますが、シューズクローゼットの中が真っ暗(笑)な気がして。仕事以外の何かでカラフルな物のご提案がしたいなぁと思ったらハープの事を思い出したんです。自分でもよくあのピンクのパンプスを探せたと思いますけれど、きっとご縁があったんでしょうね。」
と、こんな感じでした。

彼女の中では「特別な事をした」という感覚はなく、何か「提案」をしようと思って材料を探していたら……という事だったようです。

「お気に召したら良いなぁと思っていたので、本当に良かったです」という言葉の裏でどんな努力をしてくれていたのか、私に良い提案がしたい、私を喜ばせたいという彼女の思いが、とてもレアな商品とのご縁を引き寄せたのだと思います。

あたりまえのことを丁寧に、が大事

お客様の期待に応えること、期待を超えること、どちらも難しいテクニックやスキルが必要な訳ではないと思います。お客様のことを良く知り、お客様の気持ちを知り、普段の会話から得たヒントは無駄にせず、その時々で自分にできる最善を尽くす。

「え~普通のことをあたりまえにやっているだけです。」と彼女は言いましたが、実はその普通のことをあたりまえに、そして丁寧に、が大事なのだと思います。この方(お客様)に喜んで貰いたい、ハッピーになって貰いたい。そのために自分には何ができるだろう、と思うところからお客さまとの関係作りが始まります。その初心を忘れずにいること、それがお客様の期待を超える接客をするための、一番大事なことではないでしょうか?

こんなに素晴らしい接客をしていた彼女は、お店を離れ接客の仕事からも離れてしまいました。もしその時彼女が何かの事情で他店に異動になったのだとしたら、どんなに遠くても私はその店まで行ったでしょう。私は、ダイアナの靴ではなく、「彼女が選んでくれたダイアナの靴」を買っていたのですから。彼女の退職はとても残念でしたし、結局後任の方とは良い関係が築けず、私自身もブランドを離れてしまいました。それでも、手元に残ったこのパンプスがある限り、ご縁を結んでくれた彼女と、その素晴らしい接客の事は忘れられないと思います。

いつかお客様の期待を超える接客がしてみたい、お客さまを感動させたい、それで私もハッピーになりたい、と思うのであれば、まずは「あたりまえのことを丁寧に」を心がけてください。初心忘るべからず、です。

《青栁 伸子さんの著書》

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『人を幸せにするMétier お客さまを虜にする最強の接客サービス』
エルメスやボッテガ・ヴェネタなど、憧れのラグジュアリーブランド。それぞれのブランドでスタッフ育成を手がけた人事コンサルタントが、顧客の心をつかむコツを伝授する。人事のプロが贈る接客販売職への賛歌。

 

 

 

 

 

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